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8時30分に会社に着くが、10Fフロアーには誰も来ていない。このためか、セキュリティ番号を入力しても入れない。しかたがないので10分程度時間を潰し、フロアーに電気が付いたのを確認してから入室する(最初は守衛さんからキーを受け取るのは休職前と同じと隣の席の後輩に聞く)
しかし、現部署では一番であり、9時を過ぎても現部署には人が来ていない。9時10分過ぎ位からバラバラと出社してくる。周囲の会話で状況がある程度分かり、あまり変わっていないことが分かる。またFPの勉強も集中できない。。
11時まで会社にいて退社する。午後は天気が回復するとのことであったが、本格的な雨になる。
会社の最寄り駅に向かう橋の継ぎ目の鉄板で滑る。転んでも労災にならない。リスクコントロールしなければとあらためて思う。
帰宅時、銀行、スーパーに寄って食材を買う。そして、FPの勉強を午後5時ごろまでするが、このところの手続きなどで落ち着かず税法などが覚えられない。
できるところまでと思う。
就寝午前0時
昨日と同様の時刻、経路で会社に向かい、8時40分に10Fに着くが、今日も誰も来ていない。
机の上にパソコンが置いてあったが、現時点では触れないことを昨日伝えておいたが、理解できていない様子。(復職していないから、労災上、健康保険法上触れない)
9:15過ぎても所属員は2-3人程度しか出社していない。管理者が全く出社していない。スタッフ部門での勤怠管理の違いは相変わらずである、ただ、このような環境でソフトランディングできる業務があるかは疑問に思う。
若い頃、終電での帰宅は亜当たり前で、今よりも労働時間は長く、それでも出勤時間は守らされていた。労働環境は良くなっているとは言え、本来、定時出勤しか認められない者が出社していないのは、不公平感を抱かせるのではないだろうか。以前に後輩から聞いたことがある。まして、何よりも管理できないのではないだろうか?
業務が全てではない。
午前10:30過ぎに退社しようとしたところ、管理担当者と立ち話になった(多分カンセラーから連絡が入ったのだろうと思う)。制度が良く分からないとのこと。人事等との話し合いになると思うが、予算を含めた組織運営において、アサインできる職場があるか否かの判断だけをお願いした。
結局、午後11:00前に会社を出て、新宿のユーザの家電量販店に寄り、カードの統合とネットショップのポイント統合を依頼する。電話で直ぐに手続きが済んでしまう。量販店も日々変わっている。昨日紹介されていたウィルスソフトを見て、SKYPのヘッドセット、Webカメラなどを見る。いつまでも飽きないが、驚いたのは、お年寄りの多くが電子辞書を買いに来ていたことである。また、ポイントを拒否して値段交渉している。違う人は、英語は使わないと言っている。機能を付ければ良いものではない。高齢化社会でのビジネスチャンスを見るようであった。
ソフトウェアを1本買い帰宅する。
事務専門子会社からの配達記録の受け取りと、会社とは逆方向の多摩商工会議所に向かわなければならないため、交通費がかかるため明日の出勤は止めようと思う。
就寝午後11:30
起床後、胃のあたりが痛い。
午前中は、書けていなかったリハビリ日記や睡眠チャートを書く。
午後、掲示板をチェックするが、書き込みは無い。
その後、ホームセンターに妻のコートハンガーを買いにいき、帰宅後組み立てる。また、ついでに買ってきたミニバラを枯れたサルスベリと植え替える。
食欲はあまり無い。
夕食後、簿記の問題を解くが集中できない。
やはり、土曜日からの体調の悪さが続いているようで、会社とのやり取りのストレスかもしれない。
処方された風邪薬の服用は止める。
就寝午後11時
起床後、腹部にまだ鈍痛がある。午前中はソファーで静養する。午後、会社の健康管理センターに生活記録を送付するため、印刷、レターを作成する。午後、図書館の貸し出し予約期限が迫っているため、本を借りにいく。(「心とおなかの相談室」(香山リカ)、「ゲーム理論の基本と考え方がよく分かる本」(ビジネス書))帰宅後、過去のリハビリ日記を読み返し、同様の症状のあった日をピックアップする。
・ 2006年4月23日 : 旅行から帰宅後の就寝前
・ 2006年5月8日 : 最寄り駅から帰宅後。手足痙攣、貧血
・ 2006年5月17日 : 起床後、手足痙攣
・ 2006年5月23日 : ポリフル減量
・ 2006年8月6日 : 旅先起床後、症状は軽い
ポリフル減量から症状が治まっていただけに、今回は少しショックである。それも、以前は横になっていれば何とか治まったが、今回は腹痛で起きている。その後、腹鳴が続き、調子があまり良くないのでソファーで静養する。
就寝午後11時
起床後、トイレに行くが排便できず。しばらく便座に座っていたが、腹痛がひどくなり、手の先がしびれ、瞼がけいれんする。腹痛で便座に座っていられなくなり、トイレ前で横になりながら水を飲む。腹痛が続き、二度排便するが、二度目は下痢状態になる。排便しても腹痛は続き、しばらく横になるが腹痛で目覚める。トイレに行き、排便するが腹痛は治まらない。そのままトイレの前で横になる。腹痛が治まらずそのまま医者には行けそうにないので、救急車を呼び、大学病院に搬送してもらう。平成13年に、過敏性大腸炎の診断、平成15年に形成外科で手術を受けている。午前7時半頃から午前11時半まで腹痛が続いて、喉がひどく渇く。病院に着いても腹痛は治まらず、触診のたびに肺下部、おへその周りが傷む。点滴、レントゲン、採血を行う。聴診の結果、腸の動きが活発とのことで、レントゲンの結果は、通常あまり無いが小腸にガスが溜まっているとのこと。風邪などでも溜まることがあるということだが、以前にも同様の症状があると伝えたところ、小腸が硬化しているか慢性化している可能性があり、腸閉塞になることも考えられるとのこと。ストレスも要因として考えられるため主治医に相談してくださいと言われる。また、血液検査の結果、白血球が9500を超えていて多いとのこと。しかし、抹消血中には異常値は無いとのこと。点滴で楽になってきたため、風邪薬とビオフェルミンを処方され2時半に帰宅する。そのまま横になる。就寝午後11時
起床後、トイレに行くが排便できず。風雨共に強く、リハビリは中止する。
午前中、書き込みを行った掲示板のチェックを行うが、医者の指示でも出社リハビリは医療控除できない旨の回答が書き込まれていた。これが、医療施設での復職支援プログラムならば問題無いのに、辛いところであるが、会社診療所であれば控除対象になるかもしれない。法の整備は遅れているし、会社の対応も考慮不足と思える。
午後、簿記の試験が近づきつつあるので、過去問題を3時間解いてみるが、結果が良くない。時間が空いているせいか、忘れてしまっている。
食材を買いにスーパーに行くが、お年寄りが傘を壊されて、駅までの道順を訪ねられたので、傘を直し、駅入り口まで案内する。
帰宅後、会社より、リハビリ日記の提出先の連絡メールを受ける。また、総務子会社より保険料の振込み額改訂の通知を受けるが、10月分は9月の差額分2ヶ月を振り込まなければならない。相変わらず、対応が不誠実と思う。
就寝:午後11時30分
起床後、トイレに行き排便する。午前中、昨日のリハビリ日記を書く。また、健康保険組合から斡旋常備薬代の振込み依頼がFAXで届いたため、インターネットから振り込む。また、図書館から貸し出し予約していた本(「心とおなかの相談室」と、「ゲーム理論の基本と考え方がよ〜くわかる本」)の案内がメールで届いたが、天気が悪いため取りに行くのを止める。
午後、宅配便の再配達依頼で出掛けられず、掲示板にリハビリでの医療控除の質問の書き込みを行い、また、安全衛生法への問い合わせも書き込みを行う。そして、夕食を作る。
夜、昨日、会社に出した面談時の確認事項について返信を受け、リハビリ日記の産業医への事前提出について確認のメールを送付する。やはり、矛盾や傷病者の立場では受け難いプログラムであるため、問題として認識されることを願う。
就寝:午前0時
起床後トイレに行くが排便できず。明日の会社面接に供えて、資料の作成、印刷などを行う。午前中に、手と首の荒れがひどくなってきたため、皮膚科に行く。原因を避けるようにと言われるが、今はしかたがない。
帰宅後、総務関連会社より傷病手当金申請の医師の所見が28日(通院日:28日)になるので、1日から28日までしか支給されないと連絡を受ける。主治医の診療が次月だと12日になるため書いてもらったが、5日の期限に間に合わないため、また、現主治医は厳格なので28日までしか書けないことを説明。(もともと5日自体が他の会社に比べ早いと言われている)主治医の診断書を以って一旦休職期間が中断し、人事の面接、産業医の診断を経て復職になるが、誰に書いてもらうか聞いたところ、主治医でも産業医でも良いとのこと。しかし、復職プログラムの期間および最終判断をするのが産業医なのに、主治医で良いのはおかしいし、応じてくれるとは思えない。さらに、主治医から産業医への紹介状など訳のわからないことを言っている。復職プログラム自体が、主治医の現場復帰可能判断(診断書)ではじまり、プログラム自体は人事主導で、守秘義務のある治療内容を出せるわけもない。そんな事務的なことであれば、申請者は誰かを考えて欲しい。医者ではない。何よりも、申請書を書いてもらうこと自体に費用がかかることも考えないし、用紙自体の請求もはっきりしない。申請制度自体がボロボロなのでしかたがないが、傷病者への負担が最も大きいことを認識して欲しい。10月は住民税の普通徴収もあり、復職プログラムが開始されれば、ますます自己負担が大きくなる。最悪、2日分を主治医に書いてもらい(待機期間などの関係から問題にならなければ良いが)、復職プログラム期間中の分を産業医に書いてもらうことになる。うんざりする。就寝午後11時30分
起床後トイレに行くが排便できず。朝より10月3日の会社面接に供えて、資料の作成、印刷などを行う。いままでの生活記録から転記する手間や集計が大変であるが、メンバや制度による不信により、医療で使っている生活記録そのものを提出することは避けるべきと考え、代用を連絡していたが転記に切り替える。転記しながら、やはり会社から要請された資料で、今後のリハビリの予定が立てられるのかとても疑問に思う。
午後より、インターネットで図書館の蔵書を検索し、3冊予約してメールでの通知を受けることにする。土曜日に探していた本も貸し出し中であった。1時過ぎより、TVのゴルフを見る。夕食後、午前中の続きを行うと共に、昨日撮影してきた「秋の七草」をホームページに掲載する。
就寝:午後11時30分
起床後トイレに行く。ディーラから車の修理が終わったとの連絡を受け、午前10時半に妻と取りに行き、そのまま神代植物公園に向かう。リハビリのつもりで、3月31日に年間パスポートを購入したが、いままで2回しか来ていない。萩はすでに終わり、秋薔薇、
10月桜、コスモスなどを見て園内を回りながら、会社に行けるようになり落ち着いた中で観賞したいと思う。今は、やはり落ち着かない。午後2時頃帰宅し、昨日に引き続いて印刷をする。要請されたのはわずか2週間程度であるが、リハビリ方法を決めるには、傷病期間中の、生活や心身の変化と共に、考え方やパーソナリティを理解することが重要だと思う。この辺りも、復職直前などではなく、当初から書けるときに書いておいてもらう方が良いように思う。ブログなどで記録している人も多いが、大波、小波などさまざまな波があり、周期2weekでは捕らえられない可能性がある。(人それぞれ波長が違い、突然の衝撃波などもある)夕方、図書館に香山リカ(精神科医)の本を借りに行くが、たな卸し中で借りることができなかった。社会労務関連の本を30分程度読んで帰宅する。規則・規定作りは難しいが、労安全法の66条関係など機会があればもう少し読んでみたい。就寝午前1時
起床時より腹鳴りが続き、ガスが溜まる。妻から、もう会社に出向かなければならないのだから、電車リハビリ止めて休養したらといわれる。とりあえず、駅までを往復する。
昨日からの続きで、リハビリ日記を読み返しながら、時系列に、電車リハビリで行けた区間、回数など、また、集中力リハビリのための資格受験や講習記録、その他リハビリとして運転記録、読書記録などをまとめる。
午後、昼食後投薬した後、強い眠気を感じ、パソコンの電源を入れたまま、午後2時頃より午後7時頃まで寝てしまう。しばらく、昼間の眠気は我慢できていたが、我慢できなかった。また、ガスが溜まり、手・首の肌荒れがひどくなる。夕食後、午前中の続きを行い、印刷作業を行う。
昼間寝てしまったせいか、寝付けず。はやくひと段落させて、生活を戻さなければと思う。就寝午前3時。
起床時より腹鳴りが続く。今日は午後2時から、主治医と診断書ならびに今後の対応について話し合うため、予約診療にしている。
午前中、洗濯し、会社に提出する薬暦リストを作り、また、通院時に持っていく傷病手当支給依頼書を用意する。また、銀行に行き、治療費、車のエアコン修理代などを引き出しに行く。
午後2時前に病院に着き、2時まで待合室で少し待つ。
主治医に、前回治療時より指示を受けていた会社とのコミュニケーションが実施できていないことを告げ、会社とのメールのやり取りによる状況を報告し、メールに例示された診断書が必要になり、人事、カウンセラーの面接から入り、また、その間は休職期間となり、傷病手当支給申請等の所見は産業医が書くことを報告する。
主治医からは、復職支援プログラムに示された指針において、復職中期から後期のような状況にあるが、やはり会社に出向けないのであれば、その判断も難しい。しかし、頑張りすぎるとも思える現在の状況において、これ以上に出来ることは無く、先ずは会社に行けるようにすることが必要である。そのためには、会社に行けるための診断書を書かなければならない。しかし、例示されるような、業務内容も分からない状況で、何時間勤務可能などと書くことはできないと説明される。過去の再発状況や治療状況からも、勤務時間には左右されるものではないと思われると報告する。したがって、会社との面接はどのようになるかは分からないが、復職支援プログラムへの参加も含めて、職場復帰可能と判断して診断書を書いていただくこととなった。なお、復職した際も1ヶ月程度は残業を抑えるよう診断書には書くことの説明を受けた。
なお、前回治療から本日までのリハビリ記録を読んでいただき、減薬などは一切せず、これまでどおり暫くは通院が必要と言われる。
さらに、人事から訪問する場合、患者の同意書はどうするつもりなのか分からないと指摘され、とりあえず、人事からの電話の問い合わせ・説明を原則として、守秘義務における主治医からの説明について同意を行った。
また、傷病手当支給申請について、次回診療時では提出期限が過ぎるため、本日付まででとりあえず所見を書いてもらう。
会社として、復職支援プログラムなどの制度があることは立派であるが、その内容や申請書の期限、診断書の内容など、あまりに業務的で細かいため患者に負担を掛けていると言われる。
45分程度話をして、診断書、傷病手当申請書を受け取る。その後、薬局に行き、顔なじみになった薬剤師さんたちに、腸症の症状を聞かれ、なかなか直らないと心配される。
帰宅後、傷病手当申請書の送付準備を行い、人事から主治医に問い合わせる場合の連絡先、連絡方法(時間など)、および同意事項の文書を作成する。夕食後、リハビリ日記を書き、電車リハビリ状況などのまとめを始める。
就寝午前2時。
起床後トイレに行くが、排便できない。今日は、電車リハビリは中止する。HPの依頼元より、amazonのアソシエイト・プログラムの利用の依頼を受け、sign-upする。また、角川書店のwalkerへ画像提供したことにより書籍が発刊されたため、著作権が絡むため、書籍の表紙画像の利用可否を問い合わせるようメールする。デジカメで撮影し、フリーソフトでトリミング等画像加工し、Photoshopでバナーを作る。また、これらのバナーからリンクするHPとamazonのアソシエイトプログラムの取り込み、SEOの対応修正を行いながらHPをエディタで作成する。結局、朝から午後6時過ぎまで、これらの作業を行う。前仕事の内容とは異なるが、仲介とは言え、角川メディアクロスなどとの交渉や、実際のHP作成作業など、少なくとも別の場所では、仕事として成り立つことが眠気もなく一日出来た。やはり、自らのやる気は何にしても大きい。また、創造学園大学客員教授の津田和壽澄さんの「一人でいる時間の深い恩恵。孤独はあなたの生きる力」のエッセイを読む。キャリア転職し、国際舞台でも活躍し、自分の会社を起した人が、ある日突然、何もできなくなる。そのとき、孤独の力を感じたとの内容。共感できる。いつも皆と明るくという呪縛からの開放。一般的に、100点ではなく、70点とか75点とか言われるが、何か違和感があった。傷病中はどんな状態でも100%だし、相対的な点数の意味は何なのか、またどうすれば良いのかいつも疑問を持つ。残りの30%は余裕、休養?それとも病気そのものなのか。100%は常に抱く生への願望とも思うほうが素直なように思う。
もちろん、バリバリ働くことだけが100%の内容ではなく、面白さ、興味、休養、余裕すべてを含むことなのだろうと思う。自身の場合、外的影響によるものが大きく、その対応が自らの70点、75点ではなく、100%の中での制御の仕方にあるのだと思える。(「楽しむ必要が何故あるのか」の主治医の言葉が的を得ているように思う)今日は朝の7時30分ごろから午後6時30分まで、仕事のように過ごし、夕食後は、社会保険料等の口座振替、医療費の取り纏め、クレジットの請求確認など月末の集計を行う。就寝午前0時。
起床後トイレに行くが、排便できない。遅くなったが、妻と家を出て、途中通勤快速に一人乗り換えて会社の最寄り駅まで行き、帰りは、時間つぶしのため、麹町で降りて、新宿まで歩く。街の景色を見ながら本当に季節は移っていると感じる。ヨドバシカメラに寄って、プリンタのインクを買って、linuxの雑誌を読みながら帰宅する。
午後は簿記の過去問題を解きに図書館に行く予定であったが、以前より提案で、HPにamazonのアソシエイト・プログラムを使いたいと依頼される。規約等を調べて、必要確認事項等をメールし、ドラフトを作る。また、車のエアコンの修理見積もりがFAXで届く、5万円近くとのこと。痛いけど仕方が無いので部品の発注と修理を電話で依頼する。
夕方、会社よりメールを受ける。結局、休職期間中に会社に行くためには、強制では無いとしながらも、復職支援プログラムは受けなければならず、それも産業医の診断が最初ではなく、人事、カウンセラーとの打ち合わせになる。そして、休職扱いで傷病手当支給依頼の所見は産業医が書くとなっている。社会制度上も問題は無いのだろうか?自分自身も不安になる。臨床心理士、産業医などが対応するのだろうか?休職期間中の産業医の指示で、人事、カウンセラーの面接なら分かるが、医療行為とは思えないことが先行して、仮に再発などした場合は誰が治療するのだろうか?後付の産業医の診断ではおかしいように思う。他社事例でもそうなのだろうか。それに、合意書の件も何ら回答を得ていない。不信、疑問はあるが、とりあえず、面接を調整されたことに安心する。また、担当者は嫌だろうなとも思う。(新聞でも取り上げられているが、復職時の会社対応は結構トラブルになっているようである。)気分を転換するため、夕食の食材を買いに行き、夕食を作る。夕食後、薬暦などを調べる。
面接時間を10時にしていただいているが、都心を横断するため逆に電車混む。どう時間を潰そうかと思う。
就寝午前11時
起床後トイレに行くが、排便できず。また、腹部にガスが溜まる。天気予報で晴れが今日までのようなので、リハビリを中止して洗濯を2回する。また、掃除も行う。
午前中は混んでいるので、午後、通院して前主治医に、診断書など今後の対応を相談する。会社との連絡等は現主治医の方が良いとのこと。木曜日の相談時間を確保していただいた。帰宅後、状況と診断書を持って一度出社したい旨のメールを会社に送る。夕食を作り、妻の帰宅が遅いため先に食べる。帰宅後、HPの画像が町田相模原Walker
に掲載されたことをいきなり話しはじめる。その前に自分の夕食の用意をするよう言い、通院のことなどの話の方が優先するのではないかと言う。また、HPの採用情報の更新を頼まれるが、文書がおかしいため、再考して明日メールで送るように言う。
一日家事、通院、会社対応、HP依頼などで少しイラつく。プリンタの調子が悪く、ドラフト作成もしていたら就寝が遅くなった。
就寝午前1時30分。


